初めてのKM-CART

僕は消化器内科医ですが、僕の外来は他の外来で困ったり「?」となった患者さんが回って来ることが多いのです。
なので、消化器内科医でありながら、呼吸器疾患、原因不明の筋肉痛や、鬱になられた方などが沢山こられます。

腹膜癌患者のKさん

僕がKM-CARTと出会ったのは、患者さん(Kさん)とのご縁でした。
Kさんは、当時働いていた緩和ケアの外来で対応に困り「高垣の外来にいってみて」ということで、私の外来へこられたのです。

腹膜癌という特殊な癌(卵巣がんの亜型)で闘病されていました。
腹水が貯留して、食事も満足にできません。
腹水を抜いたら危ないから、ともともとの病院でも対応してもらえずに、緩和ケアへ紹介だけされたのだそうです。

腹水患者さんは、医師は「緩和ケア」だと思うのです。
患者さんのほとんどが「まだ早すぎるだろう・・」と感じられます。
僕も当時は、「緩和医療」の気持ちでKさんと向き合いました。

しかし、Kさんはまぁ~元気な方でした。
外来ではマシンガントーク!
「腹水だけなんとかしてくれたら、私はまだまだ働けます!」
と大笑いしながら、僕に言ってくれました。

この「腹水だけなんとかしてくれたら」という言葉が、僕のなかでは今でも響いています。患者さんにも時々お伝えする言葉で、みなさんすごく頷いてくださいます。

KM-CARTとの出会い

さて、僕もKさんには正直に、腹水に対する良い治療を知らないことを告白しました。
頑張って探すので、7日後に再度外来でお会いすることにしました。

そこから、ウェブの検索を尽くしましたが、これといった新しい治療はありません。

「腹水を抜くしかないよなぁ。」
そう思っていました。
腹水を抜いて、腹腔内に抗がん剤を入れるぐらいしかアイデアも浮かびません。

ウェブには答えがないので、ダメでもともと、医局の先生方にかたっぱしに「腹水の治療、何か新しいのを知りませんか?」と尋ねてまわりました。
すると、日頃あまり交流がなかった緩和医療の先生が「ほら」と1枚のチラシをくれました。
それが第一回KM-CART研究会のチラシだったのです。

大量の腹水の治療だと書いています。
3日後の研究会に、僕は新幹線に飛び乗って駆けつけました。
デモンストレーションをみて、「これだ!」と直感が走ります。

写真をとりまくり、機材を聞きまくりました。
松崎先生にも繰り返し挨拶して、すぐに治療を始めたい意向をつたえました。
電話番号からなにから、渡して帰ったらすぐに連絡も入れました。
自分でも、あんなにマメマメしく動いたのは人生で最初で最後だろうと思います。

今思うと、KM-CARTのやや難しいめの方法だったので、我ながらよく頑張ったと思います。機材も高額なので、試しの一回ができませんし。

KM-CARTを用いてKさんの治療へ

院長にお願いして治療許可をいただき、1週間後にKさんと治療について合意しました。

初回はチューブのトラブルなどもあり、本当に必死で治療を終えました。
ものすごくKさんは喜んでくださいました。
そこから、外来でおっかなびっくり、Kさんをフォローしていきます。

元の病気はそのままですので、日にちとともに腹水はどんどん再貯留していきます。
2週間のちに、もう我慢できない!というKさんに2回目の治療・・

その後は、Kさんと話し合いながら腹水を抜いたりKM-CARTをしていきました。
2か月ほどして、Kさんがニコニコしながらおっしゃいました。

「高垣先生。私、もっと腹水がゆっくり溜まってほしいです。高垣先生なら、なんとかしてくれるでしょ?」

またもや頭の中が真っ白です。

腹水患者さんをみると、僕たち医師は緩和だと思います。
なんて、前向きな発言なんだろう。
まだまだやる気じゃないか、患者さんは。。

僕は、勝手に「Kさんの終わり」を決めていたのです。
人の人生なのに。

抗がん剤治療のご提案

すごく反省して、いろいろ調べて考えて、やはりエビデンスのある抗がん剤をお勧めすることにしました。

Kさんは、以前に抗がん剤治療を受けておられました。
その時の副作用がつらすぎて、自分でかかりつけの病院に行かなくなってしまったのです。

お話もよくよくうかがっていたので、量を通常の5分の1ぐらいに減らすことも提案しました。
抗がん剤をお勧めすると、やはり拒否的な表情をされました。

しかし、ふっとその表情が和らぎます。
「高垣先生には助けてもらったから、やってみるわ。」
本当に、ありがたい信頼でしたし、責任の重さを強く感じました。

抗がん剤は、タキソールとシスプラチンを選択して、量を非常に少量にしました。
「そんな量、効くわけないぞ。」
と同僚が忠告していきます。

僕は、まずは少量で、副作用がないことを確認して、必要な量に増やしていく算段を立てていました。
ところが、Kさんはまた、僕の勝手な計画を壊してくれたのです。

KM-CARTと少量抗がん剤の併用治療

KM-CARTで腹水を減らしたら、抗がん剤を点滴する治療を開始しました。
抗がん剤も少量なので、副作用がでません。Kさんはとても喜んでおられました。
そして、毎週のように処置をしていた腹水が、明らかに減っていきます。

3週間後、腹水が少なくて、苦労してKM-CARTを終えました。
4週後、腹水は見えなくなっていました。

少量の抗がん剤は、話し合ってむしろさらに減量することになりました。
それでも、Kさんは腹水は出現せずに、元気な夏を過ごされたのです。

外来でも元気いっぱい。
あちこちに旅行に行かれて、御家族でおいしいものを食べて過ごされました。

翌年。寒さが和らぎ始めたころ、もとの御病気が悪化され、残念ながら永眠されました。

Kさんのおかげで、KM-CARTに出会いました。
僕にとって、医師人生のライフワークだと思って取り組んでおります。

そして、少量の抗がん剤が効いたことも、驚きでした。

これについては後日、少量抗がん剤治療の銀座通り並木クリニック、三好先生とお会いしたことで、様々な謎が説けるのです。

少量抗がん剤については、また後日。。